家族の支えと仕事の有難みを感じる

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地域社会との繋がり

ここまで離婚調停の体験談をお話してきましたが、私の家族や周囲にいる人たちの反応はどうだったのか、そのお話はほとんどしてきませんでした。



私がこのブログを書く目的は、ネットで検索しても分からない離婚調停の実態をせきららに書くことで、これから離婚に臨もうとしている方々に有益な情報として知ってもらい、少しでも離婚に有利になるよう役立てて欲しいからなので、調停での出来事を優先してお話させていただいてました。



でも私がこのブログのカテゴリーの【幸せになるための五か条】の中の最後の項目『周囲の協力や理解が得られる』でも書かせていただきましたが、精神的な支えについても、離婚するにあたってとても大切なことなので、話が逸れますがここで少し触れさせていただきます。

まず、娘達はお話していた通り、父親のことをめちゃくちゃ嫌っていましたから、最初から離婚することには大賛成でした。逆に何で早く離婚しないのか、お母さんはバカなの?!とせっつかれたくらいです。
次女には、尽くす相手を間違えているとまで言われていました。



別居時点では、長女はとうの昔に社会人、次女は大学を卒業して社会人一年目突入したてで、ちょうど娘達にお金が掛かることもなくなった時だったので、私も娘達のことで離婚を躊躇することはまったくなかったです。



それに娘達や私の母は、元夫とのやり取りや弁護士の裏切り、調停での理不尽な対応等で私が落ち込んでいる時に、ずっと心の支えになってくれました。



まず長女のことからお話しすると、私が嫌なことがあった時によく笑わせてくれました。
特に別居してからの元夫とのLINEのやり取りの時も、元夫がイラっとする書き込みをすると、瞬時に次々と攻撃してくれて、スマホに慣れない元夫はそれに返す間もなく始終やられっぱなし、、、私と次女はそれを見ていてずっと笑いっぱなしでした。
私もあの早打ちにはとてもついていけません笑



あまりの〇ネタすぎて、ここではお話し出来ないのが残念ですが、数名の弁護士に、その元夫を攻撃したLINEのやり取りを見せると『なんだこれは?!面白過ぎる!ハッハッハッ!』と決まって爆笑させてました。



この他にも、元夫をネタに揶揄したことが沢山あるのですが、ひとつだけご披露するなら、私が調停委員から元夫のことを『誠実で真面目な人だ』と言われたと話したら、長女はそれ『性欲に忠実でまんじめな人』の間違えじゃないの?と言ってお腹がよじれるほど笑わせてくれました。



そんな人を笑わせることが得意の長女が、なぜ父親を嫌ったのかと言えば、ずっと『おまえなんかいらない!早く家から出て行け!』としょっちゅう怒鳴られて、言葉の暴力を受けていたからです。



私は娘達が小さい頃からずっと家で仕事をしています。なのでお惣菜を買って来たり、外食することはほとんどなく、食事は毎回私が作って食べさせてました。料理は好きだったので、全然苦になりませんでした。
その影響なのか、長女もとても料理好きで、高校生くらいから休みの日に色々とメニューを決めて作ってくれていたのですが、台所を散らかして汚すことが多く、その状態を見ると元夫は『お前は使えない、早く俺の前から消えろ!』と怒りをあらわにしていました。


元夫はたまに気の向いた時に料理をしたり、洗い物をして台所を綺麗にすることで、自分は家事を頑張っている、こんなに家事をしてくれる良い夫は他にはいないとアピールしていました。
その自分が綺麗にした台所を長女が汚して台無しにすることが、元夫は許せなかったのでしょう。



他にも長女の作ったパスタ料理が味は美味しかったのですが、玉ねぎのシャリシャリしたのが口に合わなくて『こんな不味い料理、二度と俺に食わせるな!』と激怒してフォークを皿に投げつけたこともありました。



私はビックリして元夫に対してそれは酷すぎると強く言いましたが、無言で寝室へ行ってしまいました。長女は私の作った料理は二度と食わせない!と言って涙目で料理を片付けていました。
娘が一生懸命手作りしてくれたのに、気に入らないと怒り狂って、おまえはなんか必要ない出て行け!と罵り、存在自体を否定するなんて、私には到底理解出来ません。



でもその後、長女は大学に入り、社会人になってからも色んな料理を作ってくれて、料理の腕をメキメキとあげて、今では必殺料理人です。別居してから離婚した今現在に至るまで、忙しい私を気遣って、週に2日ずつ娘達が夕飯を作ってくれています。ですので、コロナ禍になって外食出来なくても長女の料理が美味しすぎて、外食したいと思いません。
元夫は一生こんな美味しい料理は食べられないんだ、ざまーみろといつも次女と話しています。



次女については小学生の頃から自分にとって父親の存在はなかったと言います。
これを聞いた時にはビックリしましたが、次女が言うには、元夫と二人で出掛けた時に、何か気に入らないことがあったのか元夫が他人に暴言を吐くなどの迷惑行為をしていて、それを次女がいくら諭してもやめてくれなくて、もうこの人には何を言っても無駄だと、完全に見限ってしまったのだそうです。



よほど次女の胸に刺さったのでしょう。
それ以降次女は、自分の家族に父親はいないと周囲に公言しています。元夫がリビングに居ても視界にも入っていないようでした。元夫が次女が自分を嫌っているのは、母親である私のせいだと言われましたが、完全に自分のせいで自業自得です。



同居していた両親については、元夫が不倫する1年前に父は他界していましたので、母ひとりに気苦労をかけてしまいました。
母は父が亡くなる前から肺腺癌を患っていて、今も闘病しています。最近ではだいぶ癌が進行してきて、最後の治療と言われる、免疫療法を試している最中ですが、それが効かないと、終末医療となり、訪問看護やホスピスのお世話になることになります。



その母ですが、不倫した後も、私が元夫と再構築しようと必死で頑張っている姿も見守ってくれ、また離婚を決意した経緯をすべて分かってくれてましたから、そんな男とは早く離れた方が良いと背中を押してくれました。



私が元夫の隠している財産を暴くために、数年分のレシートやクレジットカードの計算をするのを一緒に手伝ってくれました。一人でやるのはとても大変な作業だったので、母がレシートを日付順にまとめてくれたり、夜遅くまで付き合ってくれてとても有難かったです。



後は仕事の存在です
暇だと色々考えてしまいますが、仕事があるお蔭でその間は他の事を考えなくて済みました。
気がまぎれるし、誰かと話していると癒されます。



数年前に、元夫にここまで頑張ったからもう辞めていいんじゃないの?と言われて、一時期廃業しようか考えたこともありましたが、今回調停での婚姻費用の件で、私の収入は賃金センサスを使って勝手に計算されてしまいましたから、元夫の口車に乗らずに、仕事を今まで頑張って続けていて良かったなあと心底思いました。
離婚後の大事な収入源にもなりますし、離婚して自立するためには必要不可欠です。



長々お話してしまいましたが、調停で弁護士も味方してくれなくて、完全アウェイ状態でも最後まで闘えたのは、これらの支えがあったからで、決して独りでは苦しくて辛くて、とても耐えられなかったと思います。私は今もずっと家族や仕事、心配してくれた友人たち、周りの様々な存在によって支えられています。



本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
どんな時でも自分を支えてくれる存在があったからこそ、私は今もこうして元気に生きられています。




これから離婚に臨まれる方も、離婚は思っている以上にものすごいストレスを抱ますし、精神的にもかなり参ってしまうので、無理をせず、自分の周囲にいる頼れる存在に支えてもらって、頑張って最後まで乗り越えてください。
その先には明るい未来が待っています。

頑張っている皆さまに、少しでもお役に立てる記事を書いていきますので、つたない文章ではありますが、出来る限り詳細に書いていきたいと思っています。
ぜひこの先も読んでいただけたら嬉しいです。

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