元夫のこと(1)

  • URLをコピーしました!

大学2年の時から付き合って、結婚して離婚するまでの間、私が見てきた元夫のお話をします。

東大前の並木道

まず、簡単に元夫の経歴を紹介します。
これをお話しないと、私が離婚調停でどんなに大変だったか理解してもらいずらいと思ったので、あえて書くことにします。

昭和40年代東北生まれ、次男、地元県立高校卒業後、T大学に進学のため上京する。
大学卒業後、同大学の違う学部に学士入学して(1~2年の教養学部は免除、3年生から入り直す)そのまま大学院に進学して、合計8年間大学生生活を送る。卒業後〇〇公務員として旧〇〇省に就職する。

肩書だけは立派なんですよ。世間的には超エリートです。
高校でも勉強もスポーツも出来て、予備校などにも一切行かずにT大に現役合格、親にとっては自慢の息子です。だけどまさか、卒業まで8年もかかるなんて思ってもみなかったでしょう。仕送りが大変だったでしょうね。



大学院卒業前、もう結婚することも決めていて、元夫から就職先を相談されたとき、私は〇〇公務員になることを反対しました。なぜなら、〇〇公務員共済病院にアルバイトに行ったことがあり、そこの医局の先生から、絶対にならない方が良い、あれは死ぬほど大変だからなるもんじゃないと言われ、それを裏付ける話をあちこちから聞いたことがあったからです。ある大手企業からも内定が出ていましたし、そちらの方がどう考えても良いとアドバイスしました。



今ではご存知の方も多いと思いますが、〇〇公務員は超ブラック、元夫も残業時間は月300時間を越えて働くのが当たり前でした。朝方5時くらいにタクシーで帰ってきて、お風呂に入って、また暫くして死人のような青白い顔で出勤するという、人間扱いされているか?と思うほどの仕事ぶり、まさしく命がけで働いてました。以前に大手広告代理店に勤めていた女性が自殺したニュースが流れた時、元夫はそんなんで自殺するなんて弱すぎるとバカにして笑ってました。



元夫が入省した頃、ちょうどバブルがはじけて不況になった途端、世間から給料もらい過ぎだ、税金の無駄遣いだと言われ、採用人数を減らされて、仕事量は増大するも万年人手不足。辞めて行く人や、屋上から飛び降りる人が後を絶たなくて、本人に異常な様子がないか注意するよう家族に通達が来たほどです。離婚する人も多いと聞きました。



給料もはっきり言わせていただいて、学歴の割に合わない薄給です。今はどうか知りませんが、月300時間以上残業しても残業代はほとんどつきませんでした。一番酷いのは、省庁によっては残業代が全額つくところ、〇〇〇働省の見回りが来る時は、わざと電気を消して誰もいないふりをしてまで働かなければならないこと。ほかの企業には休みを取るように厳しく促しておいて、自分のところは見て見ぬふりをするところ。



結婚前に予見していた通りでした。今では共済年金も厚生年金に統一されて優遇措置もなくなり、何の旨味もないから成り手もどんどん少なくなっていますよね。優秀な人材が行かなくなるのは当たり前です。○○公務員の元妻として、絶対おすすめしません。



でもなぜ元夫が大手企業の就職をするのをやめたのか、それを強力に妨げたのが元夫の父親でした。
元夫が東北の実家に帰省して帰ってきたら、彼の意思は全く変わってしまいました。
なんでも田舎では公務員天国で、〇〇公務員は大出世で自慢の種になるのだとか。なぜ普通の会社に入るのかと大反対して喧嘩になったのだと後から義母に聞きました。



でも私はそれ以上反対は出来ませんでした。本人が決めたのであれば、私が口を出すことではありません。嫌なら結婚をやめればいいだけです。それを出来なった私がばかでした。



幸せの価値はひとそれぞれが違っている、それは重々承知してます。国民のために頑張りたいという気持ちも尊敬します。でも、私が仕事と子育てで大変だから助けて欲しいと悲鳴をあげている時も、仕事の方が大事だと言って自分の家庭を放ったらかしで、土日も仕事、夏休みも何年もずっと取ったこともなく、子育ても何もかも私任せでいつも仕事仕事仕事。。。



家族とほとんど一緒に居たこともなく、自分の家庭を守ることすらも出来ない。そんな人間が、どうして国民の生活を守ることが出来るのでしょうか。仕事が出来る男はみんな家庭を犠牲にしている、子育ては母親さえいれば良いんだ、元夫はそんな考えの人でした。




この続きはまた次に書きたいと思います。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次